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【中学受験】国語の演習量が足りない?そう単純じゃなかった話 |ロコ太日和#40|中学受験日記

こんばんは、和(なごみ)です。 

相変わらず、我が家の宿敵は国語です。
授業では予習シリーズの発展問題を扱い、宿題は基本問題。

授業内容としては決して少なくないのですが、
家庭で見ていると「演習量、足りてる?」と感じることも正直あります。

ただ、最近は「量の問題だけじゃないかもしれない」とも思うようになりました。

通常の塾やテストがある週は、なかなか時間が取れないので、
家庭学習用に問題集を用意して、できるときに取り組んでいます。

これまで使っていたのは、記述問題と選択肢問題に対する型を学びながら演習をしていく問題集です。

これは本当に良くて、2周ほど取り組み、
「国語には型がある」という感覚はかなり身についてきました。


新しい問題集で見えた違和感

今まで利用していた問題集も2周したので、新たに一冊購入しました。
難易度は、予習シリーズに近い印象です。
基本的な設問もあれば、少し考えさせるものも混ざっている。

ただ、やってみて気づいたことがありました。
今まであまり触れてこなかったタイプの設問がある。

四谷大塚の問題に慣れている分、
「こう聞くんだ」という戸惑いが出る問題です。

正解できるものもある。
でも、書けない設問もある。

これは悪いことではなく、
経験の幅を広げるという意味では、むしろ良い刺激だと思っています。

でも、もう一つの問題
ただ、同時に気になったのが、

「本来できるはずの問題を落とす」こと。

今までの学習で身につけたはずの型が、崩れてしまっている。

新しい問題に意識が引っ張られて、自分の積み上げをうまく使えていない。

ここは明確な反省点だなと思い、一度戻って、型の確認をしています。


語彙の弱さが、じわじわ効いてくる

そして、もうひとつ。

やはり語彙力の影響が大きそうです。

例えば、
「柔軟性がない対応」と反対の意味を、本文から探す問題。
答えられませんでした。

意味は「なんとなく分かっている」と言います。

でも、
「その場その場の状況に応じて対応できない、ってことだよ」
と補足すると、すぐに

「臨機応変」

という言葉が出てきます。

分かっていないわけじゃない。でも、言葉として結びついていない。

これは、読解利用にも影響があると思いますし、語彙カードをやっていれば解決、という単純な話でもなさそうです。


今、考えていること

国語が安定しない理由は、
演習量だけでも、問題集の難易度だけでもなく、

• 学んだ型を、別の文脈で使う力

• 語彙を「意味」ではなく「使える言葉」にする力

このあたりが、まだ発展途上なのかな、と感じています。
特効薬はないけれど、積み上げを信じつつ、考え方の軸をきちんと持って、崩れたところは戻って確認する。

少しずつ弱いポイントが見えてきてはいますので、この繰り返しかなと思っています。



 (ロコ太のこれまでをまとめています)

▶︎ 学習の工夫(学習ハック)まとめ
 (学習を進めるための工夫たち)

▶︎ 教科別の学習方法まとめ
 (国語・算数・理社の取り組み整理)



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