こんばんは、和(なごみ)です。
相変わらず、我が家の宿敵は国語です。
成績としては、正直まだ結果にはつながっていません。
記述も安定しないし、テストで「手応えがあった」と言える状態でもない。
だからこそ、どうしても
「課題はどこか」
「まだ足りないところは何か」
そんな視点で見てしまいます。
できたことカレンダー、その後
少し前に始めた「できたことカレンダー」。
2週間ほど続けていますが、
ロコ太は1日も欠かさず書いています。
シールも自分で選んで貼る方式にしていて、
課題をクリアした日の「特別シール」を貼る日がほとんど。
正直、
「それでいいのかな?」
と思わなくもありません。
でも、
・毎日振り返って
・自分で選んで
・自分で「できた」と認識している
この流れ自体が、今は大事なのかなと思っています。

「最近、読解力がついてきた気がする」
そんな中で、昨日ふとロコ太が言いました。
「最近、読解力がついてきた気がする」
正直、少し驚きました。
成績は変わっていないし、
親の目から見て「伸びた!」と言い切れるほどでもない。
でも、本人はそう感じている。
成績と、本人の感覚はズレていていい?
考えてみると、
成績はどうしても
・問題との相性
・出題形式
・その日の集中力
にも左右されます。
一方で、本人の「ついてきた気がする」という感覚は、
・文章を読むときの引っかかりが減った
・設問の聞かれ方が少し分かる
・何を書けばいいかが、うっすら見える
そんな内側の変化なのかもしれません。
この感覚が先に育って、
成績はずっと後からついてくる。(と信じたい)
今までを振り返ると、そんな場面も何度かありました。
課題が見えるようになった、という変化
最近のロコ太を見ていて感じるのは、
「できていない」
から
「どこができていないか分かる」
に変わってきているということ。
以前は、
「分からない」
で終わっていた問題も、
今は
「ここがうまく書けなかった」
「この言葉が分からなかった」
と、自分なりに言葉にできるようになってきました。
これは、読解力が一段階上がってきたサインなのかもしれません。
親は課題を見る。本人は感覚を持つ
私はどうしても、
・型は使えているか
・語彙は足りているか
・得点になるか
そんなところに目がいきます。
でも、本人が感じている「前より読める気がする」
という感覚まで否定してしまったら、
せっかく伸び始めた芽を摘んでしまう気がします。
だから今は、
・感覚は、本人のものとして大事にする
・課題の管理は、親が静かに引き受ける
そんな役割分担でいこうと思っています。
成績が出る前の、大事な時期
成績に出ていないと、不安になります。
「このやり方で合っているのかな」と思うこともあります。
でも、
本人の中で
「できるかもしれない」
という感覚が芽生え始めているなら、
今はまだ、土の中で根を伸ばしている時期なのかもしれません。
課題は見つつ、
でも、芽が出る前に引っこ抜かないように。
そんな距離感で、引き続き国語と向き合っていこうと思います
▶︎ ロコ太日和 代表作まとめ
(ロコ太のこれまでをまとめています)

▶︎ 学習の工夫(学習ハック)まとめ
(学習を進めるための工夫たち)

▶︎ 教科別の学習方法まとめ
(国語・算数・理社の取り組み整理)

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